科の紹介
はじめに
従来の脳神経外科における手術は、主に頭部外傷、脳腫瘍、そして脳出血やくも膜下出血などの出血性脳卒中に対して行われてきました。
昨今のモータリゼーションや労働環境における安全性の向上などの成果もあり、重症頭部外傷は減少しています。また、血圧管理の最適化により出血性脳卒中も減少傾向にあります。
反対に、ライフスタイルの欧米化に伴い、虚血性脳卒中は増加傾向にあります。また、高齢化社会を向かえ、認知症患者が社会問題となってきています。
もちろん虚血性脳卒中(脳梗塞、TIAなど)と認知症のすべての患者さんが手術対象となる訳ではありませんが、一部の患者さんでその治療効果が確認されています。
頸動脈内膜剥離術(CEA)
2009年度版脳卒中のガイドラインでは、NASCETの測定法で(図2)、中等度(50%)以上の症候性頸動脈狭窄と無症候性頸動脈高度(70%以上)狭窄が「頸動脈内膜剥離術」の適応とされています。

図2: 頸動脈の狭窄度の測定法(NASCET法)
(1-A/C)×100%で表示する。
脳梗塞の精査で見つかるだけでなく、高血圧や高脂血症、糖尿病、タバコなどのリスクファクターを有する患者さんのスクリーニング検査や脳ドックなどで行われる脳MRI/MRA(図3)、頸動脈エコー(図4)で見つかります。
図3: 右内頸動脈狭窄例。不明瞭であった右内頸動脈が術後明瞭化している。 | 図4: 右内頸動脈に肥厚した粥腫(プラーク)を認める。 | |
術前MRA |
術後MRA |
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図5:切開した総頸~内頸動脈から
粥腫(プラーク)を切除
実際の手術では、病側の胸鎖乳突筋前縁を約7cm切開し総頸動脈~内頸・外頸動脈を露出、一時的に血行を遮断し動脈を切開し粥腫(プラーク)を取り除いた後、血管を縫合閉鎖します(図5)。
手術時間は2~3時間ですが、合併症として術後過還流症候群による脳出血の可能性があり、1週間は厳格な血圧管理が必要です。
他に虚血性合併症や舌下神経、迷走神経などの脳神経障害(多くの場合一過性)が起こりえます。
近年血管内手術で行われるステント留置術(CAS)が普及していますが、虚血性合併症の出現頻度がCEAよりも明らかに高い為、現行の脳卒中ガイドラインでは、①心臓疾患(うっ血性心不全、冠動脈疾患、開胸手術が必要、など)、②重篤な呼吸器疾患、③対側頸動脈閉塞 (狭窄は適応)、④対側喉頭神経麻痺、⑤頸部直達手術、または頸部放射線治療の既往、⑥CEA再狭窄例のみに推奨されています。
当院では50例以上の手術経験を有し合併症5%未満の術者によって治療が行われ、重篤な合併症例は起こっていません。
EC-ICバイパス術
ガイドラインでは、症候性内頸動脈および中大脳動脈閉塞、狭窄症(図6)が「頭蓋外血管と脳表血管の吻合: EC-ICバイパス術」の適応となっています。CEAでは無症候性例の適応もありましたが、バイパス術は症候性(脳梗塞、TIAの既往)のみが適応となっています。

術前MRA

術後MRA
CEAの場合は狭窄率のみで手術適応が決まりましたが、バイパス術では狭窄や閉塞の有無に加えて、脳血流シンチの結果により適応が決定されます。脳血流シンチで、脳血流が正常の80%以下、血管反応性(ダイアモックス静注後の血流増加率)が10%以下の場合(図7)が絶対適応となっています。

術前SPECT

術後SPECT

図8:浅側頭動脈を中大脳動脈
皮質枝にT字型に吻合
実際の手術では、耳介前方を走行する浅側頭動脈直上を頭頂側に向かって約7cm皮膚切開し剥離し、直下に開頭を行い、脳表にある中大脳動脈の皮質枝に剥離後切断した浅側頭動脈をTの字型に吻合する浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術が行われます(図8)。
浅側頭動脈を1本繋げる場合と2本繋げる場合があり、症例ごとに検討して決定しています(術前の虚血が強く過還流症候群の危険が高い場合は1本)。
手術時間は繋げる本数によって変わりますが、通常は2~4時間です。CEAと同様、術後出血が最大の合併症で、術後血圧管理が必要です。
2012年以降50例以上の経験豊富な術者によって手術を行い、重篤な合併症は1例も出現していません。
特発性正常圧水頭症(iNPH)

図9: 特発性正常圧水頭症(iNPH)の
症状チェックリスト
認知症においてもすべての疾患が手術の対象になる訳ではありませんが、認知症の10%程度を占める特発性正常圧水頭症は、歩行障害とともに手術で良くなる認知症として、2000年以降注目されてきています。
3つの兆候、歩行障害・認知症・尿失禁などの症状からiNPHを疑い(図9)、歩行テストや認知症のテストを行います。同時にMRIで脳の内部を調べ、脳室の拡大、頭頂部分の脳溝の狭小化を認めた場合(図10)、iNPHの疑いが強くなります。


2004年に発行されたガイドラインでは、iNPHを疑った場合、腰から髄液を30ml抜いてみるタップテストを行い、症状が一時的に改善すれば手術適応とされていました。
しかし前述のMRI所見を認める症例は高率にタップテストで改善する為、2011年に発行された新しいガイドラインでは、タップテストは必須ではなくなりました(図11)。
しかし当院では手術の有効性を確認する為に全例タップテストを行っています。

図11: 特発性正常圧水頭症
診断のためのフローチャート

図12: 髄液シャント術
かつては、脳室にチューブを入れて髄液を心臓(心房)に導く脳室-心房シャント術(V-Aシャント)が行われていましたが、昨今は脳室から腹腔へ導く脳室-腹腔シャント術(V-Pシャント)が主流となり、V-Aシャントはほとんど行われなくなりました。そして最近では、手技による頭蓋内出血のリスクがない、腰椎くも膜下腔から腹腔へ髄液を導く、腰椎-腹腔シャント術(L-Pシャント)が徐々に普及してきており、当院でも同手術を積極的に導入し、2012年以降8例に行っています(図12)。
治療成績は、歩行障害は術後2ヶ月には90%で改善が明らかとなり、排尿障害は術後1週間で90%に改善が認められ、認知症はゆっくりと改善し、1年後には67%で改善すると報告されています。